“金があるということの意味は、物が買えるという点にとどまるものではない。それは、自分が世界から影響されずに済むということでもあるのだ。いいかえれば、快楽ではなく、防御という意味における富。金のない子供時代を送り、ゆえに世界の気まぐれに翻弄されつづけてきた父にとって、富という概念は逃避という概念と同義になっていた。危害からの逃避、苦しみからの逃避、犠牲者の立場からの逃避。父は幸福を買おうとしていたのではない。不幸の不在を買おうとしていたのだ。金こそその万能薬だった。人間としての父のもっとも深い欲望、もっとも言いあらわしがたい欲求の具現物だった。父は金を使うことを欲しなかった。金をもつこと、金がそこにあるのを味わうことを欲した。つまりは不老不死の霊薬としてではなく、解毒剤としての金。ジャングルに出かけるときにポケットに忍ばせておく小さな薬壜(くすりびん)――毒蛇に嚙まれたときの用心。”
“70 : 忍法帖【Lv=1,xxxP】 : 2011/04/03(日) 11:06:13.42 ID:jAnXN1050 BE:2216613375-2BP(0) [1/2回発言] 連戦連敗で絶体絶命の危機に陥った台湾に一人の男が現れた。 ”
“689 :日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 00:05:43 ID:sQW0l4MK”
“ソニーでもパナソニックでもいいけれども、小さなカメラで何かを撮ってごらん。私たちが昔、16ミリでも高すぎてできなかったことが、今はできる。同時録音もほとんど録れなかった、今はそれができる。好きなように撮影ができる。最初は、あなたの一日を撮ってみなさい、このように言います。朝起きてから、夜寝るまで、そして夜も夢を見ている。その一日を撮りなさい、本当のあなたの一日を撮ってみなさい。警察に話すようなやり方ではいけない。朝起きて、歯を磨いて、コーヒーを飲んで、仕事にいって、友達と会って話して、それから寝た、これは本当のあなたの一日ではない。本当のあなたの一日を語るように試してみなさい、こういう風に言います。カメラを使って、映像と音を採って、本当の一日を果たして語ることができるのかどうか。採ってみたら、本当の一日は語れないということがわかる。自分にはできない、本当の一日がこのカメラで語れないとわかったら、ハリウッドに行きなさい。ハリウッドでは受け入れてもらえるだろう(笑)。しかし、もしも自分が本当の一日を撮れたと思うなら、友達やお母さん、あるいは身近な人に見せなさい。見てもらって、果たして映画館の入場料と同じ十ドルを、これに対して払うことを受け入れてくれるかどうか聞きなさい。おそらく、観客は、自分に本当に近い人であっても、あなたの本当の人生にはまったく興味がないことがわかるでしょう。そうすれば、本当の映画とは何かという問題提起をはじめることができるから、二本目では、少し成功する機会が出てくるかもしれない。こういう風に言います。”
“インディアンの風習に、「長距離を馬で移動した後は、必ず何日か休憩しなければならない。そうしなければ、体の移動に魂の移動がついてこれず大変なことになってしまう」という話を以前聞いたことがある。おそらく一種のアイデンティティクライシスなのかも。”